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がっつさんと私

  • 2011/11/03(木) 12:03:24

がっつさんとの出会いは昨年の2010年のことだった。

院生時代からの友人から、『面白い人がいる』と聞いた私は、北海道帯広市の、studio restという地下のライブハウスに足をはこんだ。


音楽を生演奏で聞くという習慣がない私に、まして音楽すらもクラシックをたしなむ程度にしか聞かない私には、友人Kが、 どのような心境で私に情報をくれたのかはわからない。

友人Kのことだから、『面白いんだろう』と純粋に信じてがっつさんの出番を待っていたが、音が耳を貫くかのような爆音で、五分といられないかもしれないと思ったのを覚えている。

若者たちが、日本語か英語かもわからない言葉を思いのままに叫んでいた。


出入口で、がっつさんの順番を待っていた。

がっつさんの第一印象を今でも覚えている。


ステージに上がってきたがっつさんという男は、メガネをかけて体は細く、いかにも好青年風という感じの男だった。
恐らく爽やかな歌を歌うのだろうとあれこれ想像していた。

その期待は見事に裏切られ、私はがっつさんが終わるまで、食い入るように見ていた。


とてもギャップのある人だった。爽やかというものには縁遠い気がした。



一曲目は絶望を歌った歌だった。
この人は悲しみを歌う人なのだろうと思った。

しかし二曲目は、おしりをテーマに歌った歌面白い歌だった。
一曲目の悲しい雰囲気とのギャップに大きな衝撃をうけた。

この二曲で精通するのは、『現実』『恋』の二つ。恋をテーマに歌っている想像がついた。

しかし三曲目に繰り出された妖怪じみた歌で、いよいよ先が読めなくなってきた。
想像もつかない奇っ怪な笑い声が印象的で、さらに歌詞が物語になっていた。



なるほど、おもしろいとこのへんで思った。これは面白い。

一曲一曲違う世界観が展開される。

ギター一つであるのに、ついその世界たちを想像してしまう。

歌詞とともに、ついその曲その曲の世界のイメージが頭の中で創られていってしまう。


この人は一体なんなんだろう、と思った。

それががっつさんとの出会いだった。
2010年、夏だったと思う。



それからしばらくして今現在、がっつさんの制作ドキュメンタリーを担当することになるとは想像だにしていなかったが、友人Kから話があって、私は即座にやってみたいと思った。

人間の心をテーマに歌っている事に気付いた私は、このテーマこそが、ドキュメンタリーをとる上での一貫したテーマにするに値すると思った。

音楽を知らないことを武器に、がっつさんの思考を引き出せたらなという欲がうずまく。

がっつさんのアポイントメントはとれているとの事で、私は2011年11月3日今日、がっつさんと初めて会うことになっている。すなわち、ドキュメンタリー、取材の開始だ。

人をドキュメンタリーで追うのは、5年振りだ。気合いは十分。

いいものが撮れたらなと思う。




(林双盛)








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