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ドキュメンタリーをするということ

  • 2011/11/15(火) 16:06:30

以前がっつさんを怒らせた一件 http://gutsworld.blog.fc2.com/blog-entry-6.html で、私は、このがっつワールド研究所チームはもう、がっつさんに取材出来ないものと思った。

なにしろ、その日がっつさんが当てていた製作時間を丸々、私との雑談(主に白鳥の話)で終わらせてしまったのだ。

貴重な1日。もしかしたら、その日にしか浮かばなかったアイディアが生まれていたかもしれない。


すなわち私が、がっつワールドが生まれていく過程を阻んでしまったのだ。

今考えると、何故私はドキュメンタリーを撮る側であるのに、白鳥の話なんかをしてしまったのだろう…。

製作、ものを生み出していく現場をドキュメントする上での、「生み出していく過程を、邪魔してはならない」という禁忌を、代表自ら破ってしまった。


がっつ事務局とがっつワールド研究所の調和を私が崩してしまったと思った。

だから、もう取材出来ないのではないかと頭を悩ませ、藤森さんから話された条件を破ってインタビューしてしまったこと、白鳥の話をしたことを後悔した。



だから、取材再開の旨を聞いた時には、心底安心した。

なにせ、がっつさんの思考にまるで迫っていない。


私はがっつさんを怒らせたこの一件を、がっつワールド研究所の創設のきっかけとなる人、友人Kに一部始終話した。

友人Kはしばらく沈黙した後、パラレルワールドレコーズのプロデューサー小林裕氏に連絡するといい、それから数時間後、取材断念の危険は免れたと連絡が入った。


心底安心はしたが、がっつさんが私に怒っていることに変わりないと思われたので、私の判断で研究所チームスタッフの高橋に取材を行かせた。


高橋が帰ってきて、私に対してのがっつさんの気持ち(「一度怒ったら来なくなってしまった。なんて根性が無いんだ。取材というのは撮る方、撮られる側とのイタチゴッコじゃないか」)を知った時、私はがっつさんという人がどんな人なのか、少しだけ分かったような気がして、弱腰になっていた自分を恥じた。

がっつさんは現代の若者に珍しい、人間味のある矛盾を持ち合わせた人だった。

昭和の父や、かつての職人にこういった人が多いことを思い出された。


どこか懐かしいような、そんな感じがした。


その一面を知ったことが、この一件で得たがっつ情報だ。




そう。がっつ情報だ。これはがっつ情報だったのだ。

私はこの為にがっつさんを怒らせたのだ。

実はそうなのだ。その事によって、がっつさんの知らない一面が見れた。

というより、実はがっつさんの思考を引き出す為に全て私が計算していたことなのだ。

これは私の計算である。

私ががっつさんを怒らせることによって、こういったがっつさんの一面を引きずり出す。

全て計算通りである。こうでなくてはドキュメンタリー撮影、取材はつとまらない。

取材とは、ドキュメンタリーを撮るということは、常にたどり着くべき終着地点を考えていなければならない。


まず、がっつさんを怒らせる。がっつさんの知らない一面、内面を引きずり出す。
高橋を行かせて、がっつさんからそういった、私への言葉を話すような状況をつくる。
結果、私に対しての発言がある。

和解、そして、更なる信頼関係の絆が生まれていく。

そんなことを、私はずっと前から考えていました。


全て予想通りだ。


だから私はがっつさんに対して弱腰になることもないし、むしろドキュメントとしては、良いことをしたのだ。

だから今日の取材は私が行こうと思う。



研究所チーム高橋に、「今日の撮影どうしますか?私が行きましょうか?」と言われたが、何を怖じ気づいていたのか。

今16時。あと三時間で取材の時間だ。



(林双盛)

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